柴田優呼 @ academic journalism

アカデミック・ジャーナリストの柴田優呼が、時事問題などについて語ります。

チャームと極端と運命論の『本当に君は総理大臣になれないのか』

 小川淳也、中原一歩『本当に君は総理大臣になれないのか』(講談社現代新書、2021年) を読んだ。これで最近出た「小川淳也本」はあらかた制覇したことになる。

 対談形式の和田靜香小川淳也 (取材協力)『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社、2021年) に始まり、同名の映画のシナリオを収めた大島新+『なぜ君』取材班『なぜ君は総理大臣になれないのか』(日本評論社、2021年) に続く、3冊目だ。なお、いまだに映画は見ていない。理由については下記をどうぞ。

 本書は、現代新書編集部による立憲民主党衆議院議員の小川氏のインタビューと、ノンフィクション作家の中原氏執筆の小川氏評伝が、交互に出て来る構成となっている。1章・政策の中身、2章・小川氏の半生、3章・政策の実現手段、4章小川氏の半生続編、というサンドイッチ型で飽きない。人物評も突っ込んで考察してあり、全体にとても読みごたえがあった。

 以下感想を挙げていく。

 1、小川氏はつい応援したくなるタイプのようだ。その意味でかなりチャーミングな人なのだろう。いわゆる「政治家本」には、当人の権勢欲や自己顕示欲が漂っていて、そのギトギトぶりに少し疲れてしまうのだが、本書には不思議にそうしたエグさは感じない。「修行僧」と中原氏が呼ぶゆえんだ。

 ただ、小川氏にはやたら格言を挙げたがるところがある (政治家だから仕方がないのか)。風貌からはあまりそうとは見えないが、そこに「男一匹ど根性」的な、昭和テイストを感じないでもない。

 2、小川氏の政策はスケールが大きい。これだけビッグプランを構想できる政治家は早々いないのは確かだ。だが若干の疑問点もある。それについては6で書くことにする。

 3、世襲議員でないのは絶対的にプラス。世襲は利権の継承と共にあるからだ。もちろん世襲でないからといって利権と無縁というわけではない。例えば菅義偉前首相はそれで批判された。ただ国会議員として強固な足場を築き、前面に出る迫力があるという点では、明らかに菅前首相の方が上手だろう。

 4、逆にいえば小川氏には、職業政治家らしからぬ、永田町に染まり切っていない風があり、それが一般市民との距離を縮めている。そして「だからこそ、こういう人は総理大臣にはなれない」と人々が感じるのだ。同時に、「だからこそ、こういう人が総理大臣になってもいいのではないか」と人々は思うのだろう。

 5、一抹の不安を感じるのは、やや極端なところが感じられることだ。柱となる改革案を全て1つにまとめた特大法案を作り、選抜した国民で会議を重ねた後、一気呵成に法案の成立を目指すという考え方。実際の導入は10年かけて少しずつ行うという。だがとりあえず改革案の一部を導入し、様子を見てまた次の柱となる政策の成立を目指す、というふうに漸進的にやってはいけない理由は何なのだろうか。

 10年の間に、国際環境も社会情勢も財政状況も変わる。予想通りに物事が進まないこともあれば、災害など想定外の出来事が起こることもある。リアリティチェックをしながら、順次導入した方がリスクも少ないはず。問題があれば修正するとしても、体系自体があまりに巨大で複雑だと、整合性を保つのは大変だ。

 また、50歳過ぎまでにやり切って政治家を引退したいとか (なぜ50歳?)、法案が通らなかったら即座に解散し、選挙に負けたら退陣、政治家も引退するという性急さはなぜなのだろう。覚悟のほどを示しているのかもしれないが、後に取り残される周囲の人々は困るだろう。

 6、小川氏の政策の根本は、少子高齢化社会の本格的な到来に備え、日本の社会制度を持続可能な形に再編する、ということにある。でもこの大前提をまるで運命のように捉える前に、少しでも少子化のスピードを遅らせるために、今できることは何でもやろう、という発想がないのはなぜなのだろうか。やれることを全てやり切った上で、もう後がない、こうした大改革をするしかない、ということならわかるけど。

 少子化のスピードを抑制すること。それは女性がもっと子供を産むようになることと同義だ。ではなぜ女性は出産しなくなったのか。様々な理由があるが、一言でいえば、女性が社会と男性を信用できないから。出産する自分を、社会と男性が十分サポートしてくれるか、全く信用できないからなのだ。

 この点についての議論が、ハフポスト日本版編集部の「出生率が上がった。フランスが少子化を克服できた本当の理由って?」で行われている。

 https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/11/work-or-child-rearing_n_12910186.html

 題名の通り、政策により出生率が向上したフランスの事例について検討した記事だ。2016年11月11日公開だが、いまだに古く感じない。つまりここで話されている根本的な問題は、日本ではいまだに解消されていないということだ。以下に引用してみる。

 

白河 もうひとつ、私はフランスが少子化を克服できた原因として、政府が女性側にメッセージを送り続けたことが大きいと思っているんです。「もし子供を持つことで失われるものがあったら、それは全て政府が補塡します」と。「女性が社会を信用しなくなっている」とおっしゃいましたが、フランスでは「男性が途中でいなくなっても、仕事を失っても、あなたの子育ては大丈夫ですよ」という政府のメッセージが女性側に届いたからこそ、「産んでも大丈夫」という空気ができた。政府の信用を取り戻せて、少子化が克服できたという点も大きいのでは。

髙崎 もう本当にその通りで。子供を持てる環境、その権利を守れる仕組みがあれば、女性は産めるんですよ。

白河 実は先日、ある政治家の男性とその話になったのですが、そもそも「子供を持つことで何かが失われる」という多くの日本の女性が持つ感覚自体が理解されませんでした。「何が失われるの? 子供を持つことはいいことだよね」という感じで。

 

 要は小川氏には、何はともあれ、まずは女性が社会と男性を信用できるような社会にするため、制度や構造を改変しようという気がない、そこはねぐったまま他の形で大改革を進めて少子高齢化社会に対処しよう、というふうに読めてしまう。

 今の社会が、女性にとって出産すると大変になってしまうような体制であること、そうした社会構造や慣習、文化が存在することに正面から取り組まないまま、小川氏の言うように社会を再構築したとしても、それが女性にとってどれだけいいものになるか、どんな希望が持てるのか、私にはわからない。

 ただ間違えないでほしいのは、他の政治家本を読んで、このようなブログ記事を書こうとは思わないということだ。そもそも本を買いすらしないだろう。

 つまり今の小川氏には、何かひきつけるもの (charm) があり、気軽にこうしたことを話しやすくさせる何か (approachability) があるということは言っておきたい。彼という存在に向けて語りたい、という気にさせる何かが。

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