柴田優呼 @ academic journalism

アカデミック・ジャーナリストの柴田優呼が、時事問題などについて語ります。

男性を守り、女性を貧困に追いやる日本というシステム

 最近、以下のツイートがけっこう反響を呼んだので、その際書き込めなかったことも加えてまとめておこう。

 この両ツイートで第一に言いたかったことは、日本人男性の職業権益は、海外に比べ手厚く「保護」されているということ。

 米国などの英語圏では職場の多様性 (diversity) と公正さ (equity) を確保するため、性別や人種のバランスが重視される。その結果、かつてマジョリティとして優遇されてきた白人米国人男性はコンスタントに、白人米国人女性や非白人米国人男女、外国人男女と就職、配属、昇進などの機会を巡って競争している。

 でも日本人男性は、そうした競争にさらされることがない。競争相手はほぼ、似た属性の日本人男性同士。競争とは名ばかりで、インナーサークル内の持ち回りに近いケースもある。

 新卒一括採用が基軸なので、経歴にも多様性がない。まるで学生時代のようにそのまま持ち上がっていく (だから入社年次というささいな差異が重要になる)。彼らがそうやって様々なポジションや機会を占有し続けるため、必然的に人材のプールは均質化する。

 長年にわたる日本人男性のこうした手厚い「保護」が、どんな弊害を招いているか。例えば、以下の返答ツイートが端的にまとめている (なお今回、ツイッターで得た情報を中心にして、ブログ記事をまとめてみた)。

 コロナ下で行われた今夏の東京五輪開会式の、あまりの質の低さを思い出してみるとよくわかる。多様な声を取り入れない組織では世界の潮流についていけず、新味も競争力もないまま時代遅れとなり、地盤沈下していくことが歴然とした。

 ツイートで第二に言いたかったのは、そうした日本人男性の優位は職場や仕事内容、仕事仲間に対し、「長時間のコミットメント」をすることで維持されていること。時間を売り渡して犠牲を払い、インナーサークルの住人の資格を得る。そこから抜け出したり外れたりしたら、裏切り者や落伍者のように負い目を感じるシステム。

 そうやって長時間拘束されることの代償として、ムラの正規住人の報酬である賃金や、組織や仲間うちでの地位、物事の決定権や発言権を手にしていく。一方で家庭の責任はシェアせず、パートナーの女性に頼るのがデフォルトになっている。

 ちなみに、このように長時間拘束されて働いている日本人男性自身も被害者だ、という主張もある。であれば、なおさらこうしたシステムを変え、男性ももっと違う職業生活が選択できるように行動を起こすべきだ。

 大量の仕事を抱え、劣悪な労働環境で働く男性も大変なのだ、と現状への理解を求めて終わるのであれば、単に今の構造を追認し、日本人男性の優位を維持するだけ。この点の問題性を鋭く貫くのが以下の言葉だ。

 「『その不平等を変えたい』と声をあげているのに、構造的に権力を持っている側が 『まず、自分たちのことを理解しろ』というのは、それ自体が暴力的な言動でもある」と、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんは指摘する (以下の記事を参照)。

comemo.nikkei.com さて、ここからが本題だ。私のツイートの結論は、「日本人男性の優遇」と「長時間コミットメントの強制」という一番目と二番目のポイントの結果、「日本人男性は賃金労働で得る益、つまり職業権益を独占している」ということだ。

 だが、その結果起きていることの詳細については、このツイートでは書ききれなかったので、それを書く (他のツイートではしょっちゅう述べていることだけど)。

 この「男性の職益保護」かつ「長時間コミットメント」制度にはじき出されているのは誰か。言うまでもなく、それは女性だ。女性は正規雇用されても、将来組織を引っ張っていくような中枢の仕事は与えられない。それが先々の役職格差と所得格差につながっていく。

 以下のツイートのデータが示しているように、そもそも高所得の職種ほど、女性の割合は極めて低い。

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https://twitter.com/tmaita77/status/1459307368009789440

 先に言ったように、長時間拘束される男性のつけを、女性は家庭内で払わされている。家事や育児、介護の負担が一方的にのしかかるだけでなく、出産で一定期間、就労が中断する可能性もある。その後は職場復帰してもサブ的な仕事しかさせられないマミートラック対象者と見なされる。

 その結果、女性はこの「長時間コミットメント」ムラのフルメンバーにはふさわしくない、と最初から烙印を押され、正規採用や管理職への登用から排除されているのだ。

 ここで興味深い話を挙げておく。以下のツイートが語るように、女性が高所得者であり続けたいなら、未婚でいなければならないのだ。

 結婚すると、いかに多くの家庭内負担がのしかかり、キャリアの存続が困難を極めるかを示唆している。つまり、女性が高所得の職を維持したければ、結婚して家庭を持つことも子供を持つことも難しい。

 そうやって私生活を犠牲にして仕事に励んでも、女性というだけで常に格下に見られ、組織内でも世間でも二流市民のような扱いを受ける。いくら高所得を得られようとも、一体どれだけの女性が、こんな罰ゲームのような生活を喜んで選ぶだろうか。

 こうした状況を打開し、女性を職場で公正に扱うため、例えば以下のような提案が私のツイートに寄せられた。男性の投稿であることが希望を持たせる。

 一方で女性自身が、管理職へ登用されることに積極的ではないという状況がある。だがその背景に何があるか、考えてみたことがあるだろうか。これについても以前、以下のツイートで指摘した。

 これは根深い問題で、組織内のカルチャー、ひいては日本社会全体のカルチャーのあり方に起因している。女性を取り囲む社会全体の雰囲気を変えて、リーダーシップを取ろうとする女性をもっと積極的に応援するカルチャーを、前面に出していかなければ解決しない。

 だが、話はこれで終わらない。それどころか、一番深刻な問題はここからだ。こうした「男性保護」かつ「長時間コミットメント」制度が続くために、最もひどい環境に置かれているのが、正規雇用もされず、不安定かつ低い所得しか得ていない非正規の女性たちだ。正規職の男性を守るため、彼女たちは雇用の調節弁にされてきた経緯がある。

 実際、非正規労働者の7割は女性で、男性より圧倒的に多い。非正規問題は女性問題と言ってもいいほどだ、と以下のツイートも告げている。

 非正規なので、昇進で収入増につながる機会は与えられない。新卒一括採用の制度から漏れてしまうと男性に輪をかけて、安定した職を得るのは難しい。健康保険、社会保険介護保険、住宅手当などのベネフィットもない。生活水準や受けられる医療の質は、寿命にも大きく関係するというのに。

 一方で「長時間コミットメント」から解放されているわけでもない。労働時間は長いのに所得も待遇も、正規職とは大きな格差があるというひどさ。トータルの勤続年数は長くても、雇い止めにより同一組織で働いていないので換算されない。成果を挙げても評価する制度も不在。

 こうした状況は生涯にわたって続く。所得が少ないので貯金ができない。社会保険に入れないので年金受給額もわずか。高齢化するに伴って、非正規で働く仕事の口も激減する。年を取るにつれ、状況は深刻を極める。

 単身女性が増えている今、彼女たちは自分たちの薄給だけでどうやって生けていけばいいのか。野垂れ死にしろとでもいうのだろうか?ホームレスとなったあげく邪魔だと殺害されたり、自死に踏み切ったり、食べ物がなく餓死する女性さえ出ている悲惨な現状をどうするのか。

 彼女たちを救うために、生活保護などによる膨大な財政支出が早晩必要になることは、目に見えている。このままだと時限爆弾のようにやがて爆発し、社会も国家財政も破綻するだろう。女性は人口の半分いることがわかっているのか。

 現在、非正規で働く高齢や中高年の単身女性だけで相当数に上る。彼女たちを救済すればそれで終わりではない。非正規で働く若年の単身女性たちもやがて高齢になり、今の生活よりさらに貧困化する。つまり膨大な数の単身女性の貧困層が生産され続ける。社会の仕組みを大きく変えない限り、このサイクルは永遠に続く。

 正規雇用や、高所得または安定した所得。配属や昇進の機会。さらに健康保険、社会保険介護保険、住宅手当などのベネフィット。賃金労働から得られるこうした益は、ほぼ男性に振り向けられている。能力に応じて、こうした益を男女平等に振り分けようというシステムには全くなっていないのだ。男性の職益だけ保護するのをやめ、男女双方に振り分けるシステムに転換しない限り、解決法はない。

 女性の大半が専業主婦だった頃は、女性も、男性の職益保護の間接的な受益者となっていた。だが婚姻率が下がり、単身世帯が飛躍的に増加した今、男性の職益保護にもはや合理性はない。

 非正規で働いていても、結婚して世帯収入を合算すれば、女性の貧困化は避けられるかもしれない。だがもし夫と死別や離婚をしたら、大変な状況に陥ることに変わりはない。シングルマザー世帯の貧困率の高さは言うまでもない。既に高齢となっていたら受給年金が急減し、生活に困難をきたす可能性が高い。だから例えDVやハラスメントなどの被害を受けていても、離婚できない女性は多い。

 結婚して貧困化からは逃れられても、パートナーの男性に常に依存するよう強いられ、自力では生きていけないように仕向けられている。だが職益が保護されている男性の場合、死別や離婚で収入が激減することはない。老後も、安定した額の年金が受給されるのと比べ、あまりに大きな格差がある。

 現在世界中で、「多様性と公正さ」が、より良い社会の指標となってきている。だがこの「公正さ」を「調和」に置き換え、「多様性と調和」を謳っているのは日本ならではのトリックである。その「調和」の実態は、男性の職業権益を保護する一方で、女性を貧困と男性依存に追いやるものなのだ。

 女性より数は少ないが、今は非正規雇用の男性も多い。そして正規雇用の男性ももっと人間らしい働き方をしたいというなら、皆が一緒になって、システムの改変を唱えるべきだ。でないと早晩、国としても立ちいかなくなるだろう。

 何より女性は、自分たちがこのように扱われるのはおかしい、とはっきり言うべきだ。フリーで働く50代の単身女性、和田靜香さんの『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた』(左右社、2021年) は、多くの人の目を開いた。私もその一人。

 いいえ和田さん、そして多くの女性たち、時給で働かされ、それがいつも最低賃金なのは、あなたのせいではありません。「男性を守り、女性を貧困に追いやる日本というシステム」のせいです。国会議員、何とかしろ !

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