柴田優呼@academic journalism

アカデミック・ジャーナリストの柴田優呼が、時事問題について、エッセイを書きます。

「やめる」権力、トランプが体現する民主主義の危機

 北朝鮮が履行する非核化の行程も明らかでなく、同盟国の日韓との事前協議もないまま、寝耳に水で、米韓軍事演習中止を決めたトランプ大統領。就任以来、パリ協定離脱、NATOの疑問視、エルサレムへの米大使館移転、鉄鋼アルミ関税発動、イラン核合意破棄、G7の共同声明撤回と、これまでの国際体制及び米国の立場を大きく転換する行動を次々に取ってきた。 

 民主主義陣営の雄である米国の急速な変容に懸念が高まるが、ここでトランプ大統領の存在・行動は民主主義に対し、どのような挑戦を投げかけているのか、考えてみよう。

 まずトランプ氏の大統領選出過程。ロシアが選挙戦に介入し、トランプ氏に有利なように投票結果を操作したのではないか、という現在も引き続くロシア疑惑の問題がある。【民主主義の危機①】一国の、とりわけ世界に比類のない影響力を持つアメリカ大統領選の選挙結果が、外国勢力の思惑により左右されたとしたら、これは、国家の自立と自律、自決権を侵すだけでなく、世界の民主主義を揺るがしかねない、ゆゆしき事態だ。 

 なみいる大統領候補の中で、なぜトランプ氏が選ばれたのかも考えてみる必要がある。前回のブログエントリー「米朝会談、トランプ等身大外交の行き着く先は」(下記参照) でも触れたが、トランプ政権は、アメリカ国民の期待を受けて誕生した。硬直化した二大政党制、政治家と大企業が結託して行われる寡頭政治。政治経験のないトランプ氏は、そうした既存の政治勢力とは違う新しい何かをもたらしてくれるのではないか、と国民は期待した。急進派である民主党バーニー・サンダース候補が選挙戦のさ中、頭角を現したのも、その表れだった。

 対立候補を罵倒するトランプ氏のスタイルに躊躇しつつも、多くの人々が彼に票を投じた。これがポピュリズムと呼ばれる現象である。【民主主義の危機②】有権者は、自分にとってわかりやすい政治家を望んだ。隣に住む誰かのような素人。エリートに見えず、自分が劣等感を感じないでいられる存在。その点では、愛嬌のあったブッシュ大統領 (息子の方) と似通ったところもある。 

 しかし、トランプ大統領ブッシュ大統領と違うのは、行政の長となった後も、官僚機構という行政資本を十分に使おうとしないことだ。政府機関のポストの多くが任命されず、空席のまま。米朝会談が開かれたシンガポールの米大使すら、いまだに任命されていない。トップ官僚だけでなく、中堅・若手官僚の辞任も相次ぎ、頭脳流出も激しい。にもかかわらず、こうした行政府の空洞化トランプ大統領が気にかけている様子はない。トランプ大統領が政権を去った後、この行政府の劣化は10年20年の単位で、深刻な影響を及ぼすと危惧されている。【民主主義の危機③】 

 もともと民主主義体制において近年問題になっているのは、行政の立法に対する優越だ。選挙で選ばれた立法議員を、政府の権力が圧倒するのだ。立法議会には政府のチェック機能があるが、それが働かなくなってきている。では、政府の暴走を誰が止めるのか。

 行政機関も、政府の執行機関ではあれど、政策を立案する際、ある程度内容を調整する機能がある。もし官僚の力が強すぎれば官僚支配となるが。だがトランプ政権の場合、前述した行政府の空洞化により、官僚は手薄。また既に彼に反対意見を述べるような者は政権を去っているので、閣僚にはイエスマンしかいない状態だ。だから内部調整にはあまり期待できない。つまり国民とメディアの批判を別にすれば、法と議会以外に、彼をチェックする者はいない。

 ここで、最近トランプ大統領が、ロシア疑惑に対する司法妨害で訴追されても、自分で自分を恩赦することができる、と述べたことが関わってくる。自分は法の上に位置しているとでも言いたげだ。【民主主義の危機④】トランプ大統領が特別検察官の聴取に応じなければ、議会での弾劾裁判にかけられる可能性もある。実際に弾劾されるかは、共和党が彼を守ると決意するかどうかによる。弾劾されなくても、裁判にかけられるだけで、トランプ大統領は政治的打撃を受けるだろう。そうした議会によるチェック機能が今後働くかは、未知数だ。

 注目すべきは、トランプ政権下では行政が十全に機能しない状態であり、だから新しいものを作り出すより、これまで存在してきたものを「やめる」という方がずっと簡単であることだ。温暖化への疑問があるとしても、それについて議論するより、パリ協定を離脱する。イラン核合意が不十分だと言うなら、その代替案を作るのではなく、単純に破棄する。北朝鮮の非核化についても、その具体的な工程を立案するより、米韓軍事演習をやめておいて、後は北朝鮮に実行を期待する。

 トランプ大統領が権力をふるう際、今後も何かを「やめる」と決める方が、何かを「始める」「一から作り出す」ことより、ずっと多くなる。その言で言えば、非核化がある程度進展すれば、近い将来、在韓米軍を撤退すると決断するのも、彼にとっては簡単なことだ。しかし、撤退後の朝鮮半島の政治的軍事的秩序について、彼が「完全で検証可能で不可逆的な」 (CVIの) 対案を用意することはなく、今回の米朝会談同様、「あいまいな希望的観測」を記者会見で述べるか、ツイートをして終わりだろう。

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米朝会談、トランプ等身大外交の行き着く先は

二転三転したあげく、米朝会談が明日、6月12日に開かれるが、いまだにトランプ大統領金正恩委員長の間で何が話されるのか、米国メディアも外交専門家も、誰もわからない。

ウォール・ストリート・ジャーナルは、ポンペオ国務長官NHKのインタビューをもとに、共同文書が発表されたら、会談が成功だったということだ、との発言を報道する始末。

 しかし、一体会談で何が話されたら、成功となるのかはいまだに不明。

 わからない理由は簡単だ。

それは、通常の国家間外交のように、時間をかけて下から積み上げて交渉していないから。

交渉に携わる担当者の層も薄く、時間も短い。

つまりは、トランプ大統領自身の外交交渉に臨む時の姿勢を反映している。

1、準備する気がない

2、専門家が嫌い

訪米した安倍首相と共に6月7日に開かれた共同記者会見で、トランプ大統領は、米朝会談に際し準備不足、との懸念が持ち上がる中で、「大事なのは会談に臨む姿勢であって、会談の準備ではない」と、しゃあしゃあと言ってのけた。

(完全であろうがなかろうが) 北朝鮮の非核化をするにはどんな手続きが必要か、知っておく必要がある。だがトランプ大統領はちゃんと準備をしていないし、準備する気もないことが、これでわかった。

対する金委員長は、そうした内容は技術的なことも含め、全部頭に入っていると言われる。例え非核化のための具体的な手順の話をしたところで、金委員長が何を言っているのか、トランプ大統領にはよく理解できないだろう。

 トランプ大統領が、回りが自分にNOと言うのに疲れた、と言い始めたのが今春。

彼に意見していたティラーソン前国務長官に、ツイッターでクビを言い渡したのが3月上旬だった。その頃から、トランプ氏の回りには、イエスマンしかいなくなった、と言われる。

もともと頭脳流出がひどく、就任1年後の今年初めには、34%が辞任、解雇、または配置転換となり、その数は過去40年で最悪となっていた (同時期、レーガン大統領は17%、クリントン大統領11%、オバマ大統領9%)。

専門家嫌いで、他人の言うことを聞かないトランプ大統領

だから、外交交渉は自分が直接、首脳と会ってやるしかない。

交渉の内容、そしてその成果も、彼が理解できる範囲のもの、等身大の彼の考えが反映されたものとなる。

だが、もとはと言えば、これらはアメリカ国民が望んだものの結果だ。

ホワイトハウスペンタゴンウォール・ストリートシリコンバレーが、国民の頭越しに政策を決めていくのを、アメリカ人は嫌がった。

民主党共和党、二大政党の枠組の中で、ブッシュ王朝やクリントン王朝が政権交代するのではなく、何か型破りなもの、アンチ・エスタブリッシュメントで、従来のシステムを壊してくれる者の登場を望んだのだ。

もう「エキスパート」はうんざりだ、という思い。

そして、政治にど素人のトランプ氏を選んだ。

何か新しいもの、これまでと全く違う何かが生まれるのではないか、と期待する気持ちが、その裏にあったはずだ。

自民党をぶっ壊す、と言って登場した小泉元首相を彷彿とさせる。

そしてトランプ大統領は今、アメリカをぶっ壊し、NATOをぶっ壊し、G7をぶっ壊し (←今ここ)、朝鮮半島の政治状況を明日、ぶっ壊そうとするところ、と言ったところか。

 そうやってトランプ大統領が、アメリカの国益を毀損していっても、アメリカという国家は、それを甘受していくのだろうか。

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中国が拉致問題への協力に同意したのは前進

既に、とうの昔の出来事のように思えるが、今年4月17日安倍晋三首相が訪米し、トランプ大統領と会談した。

どうやってトランプ氏に、拉致問題米朝会談で取り上げてもらうか、が会談の焦点の一つのように言われていた。

つまり、拉致問題はトランプ頼み。

どうしてそんなに、アメリカ一辺倒なのか。トランプ大統領に頼むしか、拉致問題の進展は望めないのだろうか。

🔹🔹🔹

一方、その数週間前の3月下旬、金正恩朝鮮労働党委員長が習近平国家主席に会いに中国を訪問した。関係が悪化していた北朝鮮と中国の電撃的な和解。

両者の会談は、今後、北に対して何かする時は習氏を通せ (Any moves on North Korea must go through Xi)、というアメリカへのメッセージだ、という記事がワシントンポスト紙に掲載された。

www.washingtonpost.com中国がそんなに北朝鮮に対して影響力があるなら、どうして日本は中国にも、拉致問題の解決に向け、働きかけるよう頼まないのか。

中国に借りを作りたくない? この地域における中国の力を増したくない?

翻って言えば、中国にとっては日本に貸しを作り、東アジアにおける自らの影響力を増大するいい機会だ。中国はどうして拉致問題のために何もしないのか。

折しも欧米で、昨今の急激な経済的・軍事的海外進出に対する警戒感が高まっており、中国は苦しい立場に立たされている。日本に恩を売っておくのは、悪い話ではないはずだ。

過去の経緯はよく知らないが、そうした考えが頭に浮かんだ。

🔹🔹🔹 

ちょうどその頃、日本記者クラブで「改革開放40年目の日中関係」と題した「2期目の習体制」シリーズ5回目の記者会見があった。4月19日のこと。

話の中心は、中国の過去40年の発展の歩みと今後の目標だったが、北朝鮮のことも話題になった。

早速、会見で聞いてみた。 

朝鮮半島の非核化にとどまらず、地域全体の総合的な枠組を作っていかなければならないという話をされましたが、日本もこの地域の重要なメンバーでありプレーヤーです。ただ日本は、北朝鮮との間で拉致問題があります。今、安倍首相が訪米してトランプ大統領とその問題について話していますが、中国の方でも、拉致問題解決に向けて北朝鮮に働きかける、というようなことは、ありえないのでしょうか」

東アジア全体の枠組を考えるというなら、日本のためにひと肌脱ぐ、それぐらいの度量が中国にあってもいいのではないか、と思った。

🔹🔹🔹 

だが答は、木で鼻をくくったようなものだった。

米英で外交官としても活躍してきたという阮宗澤・中国国際問題研究院常務副院長は、拉致問題は日朝の二国間の問題、との見方を示した。

中国は二国がこの問題について話し合うのに反対はしておらず、理解を示している。だが非核化と朝鮮半島の平和を守るという問題の上にあるとは思っていない。六者協議にこの問題を加えることは条件的に整っておらず、非核化の問題の足かせになるかもしれないと思っている、との答だった。(以下のビデオの1時間25分から­27分の間)

www.youtube.com

阮氏の回答後、不穏な空気が流れたのを感じた。司会者は会場に、最後の質問を呼びかけたが反応はなく、そのまま会見はお開きになった。人々が席を立ち始めた時、私の後ろに座っていた男性が、何か一言、大声で言った。聞き取れなかったが、口調から怒りが感じ取れた。

もし彼らの会見の目的が、日本の報道陣との友好的な雰囲気を醸成することにあったとしたなら、彼らがいい印象を与えるのに成功したとは、とても言えなかった。だが、中国という国の一断面をちらりと見せた。

「あの人たちは、自分の思っていることを言えないのだから仕方ないね」「研究者は面白くないな。やっぱり政治家の方がいいね」

帰りのエレベーターの中で、会見出席者のそんな会話を耳にした。

🔹🔹🔹 

しかし事態は急転直下。

5月9日の日中韓首脳会談後の共同宣言で、「中国と韓国の首脳は、日本と北朝鮮との間の拉致問題が、対話を通じて可能な限り早期に解決されることを希望する」という文言が挿入された。

日中韓サミットの共同宣言で拉致問題に触れるのは、初めてだ。

それに先立つ5月4日の安倍首相と習主席の電話会談でも、拉致問題の早期解決に向け、日中間で協力していくことで一致していた。

たいした修正能力だ。そうした政策の修正をしているうちはまだ、中国にとって日本は大事だということだろう。今後は、拉致問題に対する中国側の答弁も変わることになる。

拉致問題は、人道問題であり、人権問題である。この問題に中国が踏み込んだ意味は大きい。それは中国にとっても、周辺国にとっても、好ましい変化である。今後、東北アジアで新しい国際秩序を作っていくうえで、この変化はなおさら重要である。

© 柴田優呼

福田財務省事務次官のセクハラ発言と、#MeToo運動はどう関係するか

辞任してなお、福田淳一財務省事務次官は、テレビ朝日の女性記者に対するセクハラを否定している。公表された会話の録音は「一部でしかない」と主張する。 

だが一部しか明らかになっていなくても、公表部分を分析するだけでも、たくさんのことがわかる。 

今回、二人の会話の流れを見ると、女性記者に追及されて、それをかわそうとする場面で、福田次官は、胸を触っていいか、などのセクハラ発言を頻繁に行っている。 

政治というパブリックな領域の話をしている場面で突然、相手の意に反して性と言うプライベートな領域の問いかけをすること。そして嫌がる相手に、返答を求めること。 

これだけ取っても、明らかにハラスメント行為である。 

情報提供を求める現場の記者と、それを与える側の財務省トップ、という明白な力関係の差が背景にある。 

🔹🔹🔹

だが例え、相手の同意の上でこうした会話をしていたとしても、それは公正ではない。 

福田次官は女性が接客する店で「言葉遊び」を楽しむことがあったと語ったが、その女性が意に介さなかったとしても、なおかつ会話の内容を了解していたとしても、それでも胸を触っていいか、というようなことを、こうした環境下で相手の女性に言っていたとしたら、問題である。 

女性が接客する店で、そうした会話が成り立つこと自体が、歴史的に行われてきた男性による重層的な女性支配の結果であるからだ。 

イギリスの政治学者キャロル・ピートマンが1988年、『The Sexual Contract』で指摘したことだが、男性は歴史的に、女性の身体に自由にアクセスできる権力を行使してきた。 

www.sup.org

ピートマンによると、その最たるものは買春行為だ。買春は、女性の身体にアクセスする「男性の権利」の行使を制度的に保証する。彼女の議論は、その後の北米のジェンダー思想の発展に大きな影響を与えた。 

胸を触っていいか、という福田次官の発言は、この男性優位の力関係を背景に、女性の身体に対するこのゆがんだ権力を行使するぞ、という通告とみなせる。 

会話の内容がパブリックなものであろうがプライベートなものであろうが、相手が女性である限り、こうした男性の権力にいつでも従属させることができる、と示唆しているのである。 

接客している女性との「言葉遊び」も、こうした力関係の存在を前提に行われている。女性が逆にそれをちゃかして返したとしても、全体としてこの力関係を是認し維持するものになっていることに変わりはない。 

こうした場面で男性が手に入れたいのは、必ずしも女性の身体ではない。女性を自分の支配下に置き、非対称、不平等な関係の中で、優越感を抱きたいのである。

例えパートナー間の会話でも、もしこうしたいびつな力関係を背景にしていた場合は、例外にはならない。

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それにしても、女性だからといって、どうしてこのような男性の一方的な支配欲の対象にならなければならないのか。アメリカを中心に高まっている#MeToo運動は、こうした理不尽で屈辱的な経験をさせられてきた女性たちの告発の動きだ。 

長年沈黙を強いられてきた女性たちの「もう黙っていない、そんな理不尽で暴力的な扱いにはNoと言う」という決意表明を意味している。 

多くの女性は少女の頃から、男性に性的対象としてみられるという間接的な暴力を経験する。まだ無力な幼少期から、それに対して一人で対処することを求められてきた。 

対応に失敗して被害に遭い、批判されるのも被害者である彼女自身だ。 

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今回のテレビ朝日の女性記者にしても、パブリックの場でプロフェッショナルに活動しているのに、女性であることを理由に突然、男性である福田次官からこのような扱いを受け、それを甘受することを求められてきたわけで、人としての尊厳と、職業人としてのプライドを深く傷つけられたことだろう。 

福田次官のセクハラ発言も#MeToo運動も、実際には、こうした女性の窮状に無自覚な、またはそれを利己的に利用しようとする男性の問題なのである。 

男性が女性を支配するのではなく、女性と並走する気があるなら、そうした理不尽で不公正なことを女性に強いる社会に、男性自身がNoと言うべきだ。 

© 柴田優呼 

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