柴田優呼 @ academic journalism

アカデミック・ジャーナリストの柴田優呼が、時事問題などについて語ります。

中国が拉致問題への協力に同意したのは前進

既に、とうの昔の出来事のように思えるが、今年4月17日安倍晋三首相が訪米し、トランプ大統領と会談した。

どうやってトランプ氏に、拉致問題米朝会談で取り上げてもらうか、が会談の焦点の一つのように言われていた。

つまり、拉致問題はトランプ頼み。

どうしてそんなに、アメリカ一辺倒なのか。トランプ大統領に頼むしか、拉致問題の進展は望めないのだろうか。

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一方、その数週間前の3月下旬、金正恩朝鮮労働党委員長が習近平国家主席に会いに中国を訪問した。関係が悪化していた北朝鮮と中国の電撃的な和解。

両者の会談は、今後、北に対して何かする時は習氏を通せ (Any moves on North Korea must go through Xi)、というアメリカへのメッセージだ、という記事がワシントンポスト紙に掲載された。

www.washingtonpost.com中国がそんなに北朝鮮に対して影響力があるなら、どうして日本は中国にも、拉致問題の解決に向け、働きかけるよう頼まないのか。

中国に借りを作りたくない? この地域における中国の力を増したくない?

翻って言えば、中国にとっては日本に貸しを作り、東アジアにおける自らの影響力を増大するいい機会だ。中国はどうして拉致問題のために何もしないのか。

折しも欧米で、昨今の急激な経済的・軍事的海外進出に対する警戒感が高まっており、中国は苦しい立場に立たされている。日本に恩を売っておくのは、悪い話ではないはずだ。

過去の経緯はよく知らないが、そうした考えが頭に浮かんだ。

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ちょうどその頃、日本記者クラブで「改革開放40年目の日中関係」と題した「2期目の習体制」シリーズ5回目の記者会見があった。4月19日のこと。

話の中心は、中国の過去40年の発展の歩みと今後の目標だったが、北朝鮮のことも話題になった。

早速、会見で聞いてみた。 

朝鮮半島の非核化にとどまらず、地域全体の総合的な枠組を作っていかなければならないという話をされましたが、日本もこの地域の重要なメンバーでありプレーヤーです。ただ日本は、北朝鮮との間で拉致問題があります。今、安倍首相が訪米してトランプ大統領とその問題について話していますが、中国の方でも、拉致問題解決に向けて北朝鮮に働きかける、というようなことは、ありえないのでしょうか」

東アジア全体の枠組を考えるというなら、日本のためにひと肌脱ぐ、それぐらいの度量が中国にあってもいいのではないか、と思った。

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だが答は、木で鼻をくくったようなものだった。

米英で外交官としても活躍してきたという阮宗澤・中国国際問題研究院常務副院長は、拉致問題は日朝の二国間の問題、との見方を示した。

中国は二国がこの問題について話し合うのに反対はしておらず、理解を示している。だが非核化と朝鮮半島の平和を守るという問題の上にあるとは思っていない。六者協議にこの問題を加えることは条件的に整っておらず、非核化の問題の足かせになるかもしれないと思っている、との答だった。(以下のビデオの1時間25分から­27分の間)

www.youtube.com

阮氏の回答後、不穏な空気が流れたのを感じた。司会者は会場に、最後の質問を呼びかけたが反応はなく、そのまま会見はお開きになった。人々が席を立ち始めた時、私の後ろに座っていた男性が、何か一言、大声で言った。聞き取れなかったが、口調から怒りが感じ取れた。

もし彼らの会見の目的が、日本の報道陣との友好的な雰囲気を醸成することにあったとしたなら、彼らがいい印象を与えるのに成功したとは、とても言えなかった。だが、中国という国の一断面をちらりと見せた。

「あの人たちは、自分の思っていることを言えないのだから仕方ないね」「研究者は面白くないな。やっぱり政治家の方がいいね」

帰りのエレベーターの中で、会見出席者のそんな会話を耳にした。

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しかし事態は急転直下。

5月9日の日中韓首脳会談後の共同宣言で、「中国と韓国の首脳は、日本と北朝鮮との間の拉致問題が、対話を通じて可能な限り早期に解決されることを希望する」という文言が挿入された。

日中韓サミットの共同宣言で拉致問題に触れるのは、初めてだ。

それに先立つ5月4日の安倍首相と習主席の電話会談でも、拉致問題の早期解決に向け、日中間で協力していくことで一致していた。

たいした修正能力だ。そうした政策の修正をしているうちはまだ、中国にとって日本は大事だということだろう。今後は、拉致問題に対する中国側の答弁も変わることになる。

拉致問題は、人道問題であり、人権問題である。この問題に中国が踏み込んだ意味は大きい。それは中国にとっても、周辺国にとっても、好ましい変化である。今後、東北アジアで新しい国際秩序を作っていくうえで、この変化はなおさら重要である。